「花ならセレーノ島にいくらでも咲いている。別荘の花壇にもだ。明日、花摘みをしたらどうだ」

馬車に乗り込んで座席に座りながらそう提案したイヴァンに、ナタリアは「でも……」と困ったように首を横に振った。

「市場にはこの街で育った花だけでなく、近隣の国や島から輸入されてきた花もきっとありますでしょう? それが知りたいのです。イルジアやこの周辺ではどんな植物が育っているのか。もしかしたら図鑑で見た花もあるかもしれません」

どうやら彼女のおねだりは知的好奇心に基づいているもので、花摘みなどかわいいものでは解消されないようだ。

イヴァンは眉尻を下げてククッと笑い声を漏らすと、馬車の窓を開けて「市場へ寄ってくれ」と御者に向かって命じた。


文化と芸術の宝庫であるトリースの街を離れることにナタリアは少し寂しそうだったけれど、セレーノ島へ船が到着したときには、再び瞳に輝きを取り戻した。

セレーノ島は世界一とも謳われるほど美しい島だ。王侯貴族の別荘地となっているが土地を買うにはスニーク帝国の厳しい審査が必要で、値段ももちろん生半可ではない。

そこまでしてこの島に滞在できる者を厳選するのは、島の景観と品格を守るためである。

ただでさえ美しい島は洗練された別荘地となり、青い海に囲まれ古代遺跡のような白亜の別荘がゆったりと並ぶセレーノ島は、まさに天国の島だ。

夢のような光景に、ナタリアもうっとりせずにはいられない。