「なりません! 〝雪姫〟を娶られるなど、国益以前の問題です!」

そう異を唱えたのは外務大臣のユージンだった。外国の事情に詳しい彼は、ナタリアの評判もよく知っている。

昨年の舞踏会以来ナタリアは公の場に少しずつ顔を出すようになったが、まだ心の病は完治していない。とある昼食会を急遽欠席したのも、オペラ観劇の途中で突然席を立ったのも、例の症状が出たからだ。

イヴァンもナタリアの側近らも彼女が錯乱したときにはなるべく人目につかぬよう静かに対処したが、それでも王女の異常な姿を目撃されることは避けられなかった。

心をさまよわせてしまったナタリアを見た人々は唖然とし、やがて噂した。「王女殿下はここではない世界を見ておられる。まるで異界の住人だ」と。

人の口に戸は立てられない。噂はやがて静かに広がり、いつかのナタリアの異名を掘り起こす。

「ナタリア様はまるで雪の精霊――雪姫のようだ」

美しく、儚く。けれども人間と心通わせられない異界の姫。それがひっそりと知れ渡っている、ナタリアの異名だった。

幸い、一般国民の耳にまではナタリアの噂は届いていない。彼女を〝雪姫〟と呼ぶのは、スニーク帝国とシテビア王国、それに近隣国の一部の諸侯らだけだ。

けれどその異名はけっして、君主の后として歓迎されるものではなかった。