最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~

 
ソリにも雪風にも慣れていないナタリアは小さく頷くのが精いっぱいで、必死に隣のイヴァンに身を寄せ、手で彼の外套をギュッと掴む。

寒さに耐えているのか、それとも速度を上げて走るソリが怖いのか。子猫のように身を縮めているナタリアを見て、イヴァンの口もとが思わず緩んでしまいそうになる。

(昔と変わらないな、お前は。初めてソリに乗せてやったときも、お前はそうやって身を縮めて怖がっていた)

思わずそんな昔話が口をつきそうになったが、イヴァンは口もとを襟巻にうずめて言葉には出さなかった。

語ったところで、今の彼女は幼いあの日を覚えていまい。それどころか昔の記憶が引き金になって、こんなところで彼女の精神が錯乱状態に陥ったら大変なことになる。

ともに懐かしみたい思い出はひとり胸の中にしまって、イヴァンは震えている小さな肩を安心させるようにしっかりと抱き寄せた。

何度か馬の交換をし、公館や司教館などに泊まりながら、イヴァンとナタリアの一団は無事にスニーク帝国の帝都コシカへと到着した。

ずっとチェニ城で暮らしていたナタリアはあまり体力がなく、慣れない旅で疲れたせいもあって、移動のとき以外はほとんど寝ていた。そのおかげで例の錯乱状態に陥る暇がなかったのは、予想外の幸運ともいえよう。

スニーク帝国の王宮コシカ宮殿へイヴァンとナタリアが到着したとき、帝都の住民と宮廷の者たちに盛大な歓声で迎えられたが、ナタリアは穏やかな笑顔を浮かべて手を振ることもできた。

それを見てイヴァンもナタリアの側近たちも深く安堵の息を吐いたのは、いうまでもない。