けれども。イヴァンとて不安がなかったわけではない。

ナタリアが突然錯乱状態に陥ったとき、彼女の行動を制御する有効な手立てはまだないのだから。

何せそのときのナタリアは話が通じない。まるで精神だけ違う世界に行ってしまった彼女を、いったいどうやって宥めればいいというのか。

せいぜい外に出さないようにすること、危険なものを彼女の周りから遠ざけることぐらいしかできないのが現状だった。

イヴァンは気丈に振舞いながらも、心の中では神に祈り続けた。どうか舞踏会で彼女の精神が勝手にさまよいださないことを。

彼とて大切なナタリアが大勢の前で奇行を見せて、うしろ指を指されるのは望むことではない。

けれども踏み出さないわけにはいかなかった。

彼の父であるスニーク帝国皇帝は病に侵され、もはや余命いくばくもない。イヴァンが王座に就く日は迫ってきている。

イヴァンは皇帝になったならすぐにナタリアを娶るつもりでいた。国家君主として跡継ぎを作ることは大きな義務であり国の安寧に繋がる。情勢が不安定なときだからこそ、妻を娶り子を成し王家が安泰であることを早々に示す必要があった。

そのためにもナタリアが健康で問題のない王女であることを、今のうちから周囲に知らしめておかなくてはならない。