イヴァンの痛ましいまでの献身が、凍てついていたナタリアの心を溶かしたのかもしれない。

それはまるで春の穏やかな日差しが、降り積もった厚い雪をゆっくりと溶かしていくように。

五年前から人形のように感情も言葉も失くしてしまっていたナタリアは、その日から少しずつ自我を取り戻していった。

言葉を交わし、表情を変え、自分で食事や身の回りのことも出来るようになっていった。

ただ、イヴァンのことはそばにいて一番頼れる人という認識はあるものの、五年より前の記憶はあいまいで、イヴァンが幼なじみだったこともローベルトのこともよく覚えていない状態だ。

精神が突然少女のときに戻ってしまう現象も相変わらずだったけれど、それでもナタリアが自我を持ち意思の疎通ができるようになったことは、イヴァンにとって大きな安らぎとなった。

「ナタリア。今日は馬車に乗って街まで出てみようか。ちょうど復活祭の週間だ。あちこちで音楽が流れて、菓子を振る舞ってくれるぞ」

「まあ、行ってみたいわ。……けど、今日はこれからイルジア語のお勉強が……」

「一日くらい休んでも構わないだろう。それに語学も大事だが、王族として庶民の暮らしに触れることも大切なことだぞ。俺と一緒に教会を巡って、花とケーキをもらってこよう」

「ふふっ……イヴァン様がそうおっしゃるなら、ぜひ」

ちょうど季節が春を迎えたこともあって、イヴァンはたびたびナタリアを城の外へ連れ出した。質素な外套をかぶりお忍びで近くの町へ行くこともあれば、花が芽吹く丘へピクニックにも行った。