父帝の代わりに国を率いる君主として多忙な中、遠く離れたナタリアの面倒をみるのは簡単なことではない。
ましてやこれだけ心血を注いでも、彼女にはなんの変化も訪れないのだ。
相変わらずナタリアは普段は人形のようで、ときどき悪夢を見ているかのように四年前の記憶に迷い込む。
自分は無駄なことをしているのではないかという無力感が湧き出そうになるたびに、イヴァンは己を鼓舞するため過剰なほど気丈に振舞った。
「開戦だ! フェイリン王国は我が支配下にあるシテビア王国の自治権を奪おうとしている! フェイリン王国の野望を許すな、目にものを見せてやれ!」
たび重なる領土争いと、希望の見えないナタリアの状態が、イヴァンを苛立たせた。
交渉より交戦を選択する場面が増えただけでなく、日常でも常にピリピリとした雰囲気を纏うようになったイヴァンを、宮廷官はじめ彼の指揮する軍隊の人間までも恐れるようになっていく。
戦場に赴くとき、イヴァンは指揮官の身でありながら自ら馬に跨りサーベルを掲げ敵陣へ切り込んだ。側近の侍従武官らが制止するのも聞かずに。
大けがにはならなかったものの、彼の体には創傷が幾つも残った。
そんなイヴァンの姿を見て、兵士らは密かに口をそろえる。「皇太子殿下は戦いに身を投じることで、己を鍛えているようだ」と。
彼には必要だった。折れそうになる心を鍛え奮い立たせる場が。たとえそれで無数の傷を負い、血を流すことになっても。



