「必ずまた来る。だから俺のことを忘れるんじゃないぞ、ナタリア」
後ろ髪を引かれる思いで、イヴァンはスニーク帝国へと帰っていった。
共に連れ帰りたい思いは当然あるけれど、さすがに会話もまだ出来ない状態の異国の王女を宮廷に置いておくわけにはいかない。ろくでもない噂を流され、将来の結婚すら危ぶまれる可能性も出てくるからだ。
帰国後、イヴァンは信頼できる女官や世話係らをチェニ城へ送り込み、ナタリアの様子を手紙で逐一報告させた。
そして自らも毎日のように手紙を書き、それをナタリアに読み聞かせるよう指示した。
会えないときは手紙で様子を窺い、少しでも時間ができれば、イヴァンは馬車で片道十日かかるチェニ城へと向かった。
決して、楽ではない日々だった。
大陸中で領土争いの小競り合いが起きている近年、スニーク帝国も小規模とはいえ戦争を繰り返している。
長年敵対関係にあるテルキット帝国に、大陸の重鎮国ワールベーク帝国。領土拡大を企てているフェイリン王国。近年軍事力を急速につけてきたプルセス王国、最強の海軍を有するポワニャール王国。どこも油断ならない存在で、常に各国の動きを把握し牽制と協力のバランスを保たなければならない状態だ。
目まぐるしく外交に立ち回り、ときには自ら戦場に赴き指揮も取った。内政にも目を向けなければならず、国民の九割である農奴が反乱を起こさないよう、広い国土の隅々まで農作の収穫具合を気にしなければならなかった。



