夢中で兄を好きだった幼少期、小さなコンプレックスと嫉妬を抱いていた少年期。穏やかな気持ちで兄のことを振り返ることなどなかった。
そして――残酷で陰鬱な事故。
あの日以来、イヴァンは兄に思いを馳せたことはない。
あんなに優しかった兄なのに。あれほど好きで好きでたまらなかった存在なのに。無残な死にざまを思い起こすのが嫌で、彼からナタリアを奪った罪悪感と向き合いたくなくて、無意識のまま兄との楽しかった日々を回想しないようにしていた。
自分の醜い臆病さに気づかされて、イヴァンは樹に凭れかかり手で瞼を覆って小さく呻く。
(俺は――ローベルトにひどいことをしてきたのだな……)
毎年ローベルトの没日に鎮魂の祈りを捧げながら、その心は虚無だった。たったひとりの兄の魂を本当に悼んだことなどあっただろうか。
「……兄上……すまなかった……」
ぽつりと口から悔恨の情が零れたときだった。
一陣の雪風が吹き抜け、イヴァンの銀色の髪を揺らして森の奥へと駆け抜けていった。
森の奥はモミやトウヒなどの針葉樹が生い茂っており、さらに鬱蒼としている。真っ暗い闇はどこまでも果てがないように見えて、イヴァンは背筋が冷たくなるのを感じた。



