(……俺が兄上の本を破いてしまったときも怒らなかったな。いつだって自分のことより家族や臣下や国民のことを気遣っていた。誰からも好かれていて……君主にふさわしい人だった……)
白い地面を見つめながら歩いていると、兄の思い出がどんどんと蘇ってきた。一緒に勉強や剣の稽古をした日々、家族四人で食卓を囲んだこと、兄弟そろって正装をし初めて公式行事に出たとき――。
たったひとりの兄弟だった兄を、イヴァンは心から慕っていたことを思い出す。それこそ幼い頃は、世界で一番大好きな存在だったかもしれない。
「……兄上……」
白樺の木に手を掛け、イヴァンは足を止めて呟いた。
イヴァンは気づく、ローベルトのことをこんなに温かな気持ちで思い出すのは久しぶり――いや、初めてかもしれないということを。
いつからだろう、敬愛していた兄に小さなコンプレックスを感じ始めたのは。
兄が憧れの存在として一番ならば、守ってやりたい一番の存在はナタリアだった。それこそ赤ん坊のときから彼女のことは知っている。
ずっと弟という立場だったイヴァンにとって初めて庇護欲を抱いたナタリアは、まるで触れたら壊れてしまいそうな世界一愛らしい宝物だった。
そんな彼女がローベルトに恋する眼差しを向けるようになった頃だと思う――兄に対して敬愛以外の感情を初めて抱くようになったのは。



