最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~

 
皇后がついにスニーク帝国を脱し、遠い南国へいつ終わるかも分からない療養へ行くという話題は宮廷のみならず国中をざわつかせた。

まだ結婚してからたった一年、ましてや子も生してないのだ。

皇后の務めも果たせない女など祖国へ送り返せという風潮は止めようもなく、イヴァンは新たな受難を背負うことになる。

これでナタリアの病が完治してくれればよいが、その確証はない。妻と離れ離れになるだけでなく、世継ぎを儲けられなくなりアスケルハノフ朝が断絶する可能性もある未来は、あまりにも残酷だった。

そして二週間後――移住の準備も整い、いよいよナタリアの出発を明日に控えた夜。

皇帝に緊急の謁見を申し出るひとりの男が、コシカ宮殿にやって来た。

「僭越ながら……皇后陛下のお力になればと思いまして」

郊外の森の奥で薬屋を営んでいると名乗った男はそう言って、一冊の本を差し出した。ひどく古びていて紙は黄ばんでいる。薬草の臭いとカビ臭さがこびりついていて、受け取ったオルロフは顔をしかめて中を確認してから、「危険はないようです」とイヴァンに手渡した。

「私の家は二百年前から薬屋をやっていまして、この本はうちに代々伝わる調合の手引きです。皇后陛下がお心の病を煩われていると聞きまして……もしかしたらそこに載っている薬草がお役に立つのではないかと思い、ご提案に参りました」