遥くんが何を言ったのかよくわからなかった。
正確に言えば、遥くんの言葉の意味がよくわからなかった。
「え…?」
きっと今の私は笑ってしまう程間抜けな顔をしているだろう。
でも、そうなってしまうのは仕方がないと思う。
だって遥くんは今、皐月さんを愛してないって言ったんだ。
意味がわからないじゃないか。
婚約者の皐月さんを愛してないなんて、意味がわからないじゃないか。
「なに言って…」
「皐月さんの事は愛してないって言った」
遥くんの表情はとても冷たくて、いつもの遥くんからは想像も出来ない程、その表情は無に近い。
「何で…皐月さんは…婚約者、でしょ?」
震えた声は小さかったのにこの静まり返った部屋にはよく響いた。
遥くんの瞳が私を捉える。
表情は冷たいのに、その瞳の奥には熱いものが宿っている様に見えてしまうのは私の勘違いなのかな。
「皐月さんとの婚約は……」
絞り出す様な遥くんの声に、続きを促す様に心臓がドキンとなる。
続きを聞きたくないと叫ぶ様に、手が震える。
黒の綺麗な瞳に見つめられ、逸らす事も出来ずにただ遥くんを見つめた。
聞いたらダメ。
聞きたい。
聞いたらダメ。
聞いたい。
二つの思いが交錯する最中、形の良い綺麗な唇が動くのが自棄にゆっくりと見えた。
「皐月さんとの婚約は会社の為。そこに愛なんてものは存在しない」
こんなに胸が締め付けられた事は一度だってない。



