「あのぉ。これって私にばかり有利じゃないですか?」

「そうか?」

「そうですよ」

居室として一部屋自由に使って良い。家事労働に対する給料を生活費とは別に渡す。外出は自由で食事が作れなくても事前に連絡をすれば良い。家のものは全て自由に使って良い。主任からの依頼でも同意出来ないものは断っても良い。

『良い』ばかりで、こちらが譲歩する項目は一つもない。こんな契約では一方的に高崎主任が損過ぎる。

「家事労働が仕事で給料も貰うくせに、自分の都合で作らないのもアリってまるで」

「家族みたい、か?」

「そうですね。給料貰うので、そこは違いますけど」

「家族に近い関係にはなりたいと思ってるんだ。時間がかかっても、不完全でも」

「ーーーそう、ですか」

そう言って穏やかに、少し寂しげに笑うのはズルいと思いつつ、私も小さく返事をした。だって決してオフィスではしない、こんな顔を見せてくれているのだと思ったら反論なんて出来やしない。

そうやって主任のペースに乗せられて。私は約一か月後の最終出勤日の翌日には引っ越しを済ませ、高崎主任のマンションで荷ほどきをしていた。