私が操作をした訳でもないのに、後部座背の窓がゆっくりしまっていく。


及川君が必死な顔で千里の隣にたどり着いたと同時に車は静かに動き出した。


ごめんね、千里。

心の中でそう呟いた。


静かな車内、沸々と沸いてくるのは隣に座る男の傍若無人ぶりに対する怒り。

高級車の車内には私の醸し出す冷たい冷気が漂う。


「何してくれてんの?」

出たのはかなり低い声。

助けてやったのに、恩を仇で返した晴成を睨み付ける。


学校の近くで接触してくるなんてありえない。

しかも、こんなさも怪しい高級車で横付けされたら、次の日にどんな噂が流れると思ってるのよ。


「悪かったって。そんな怒んなよ。俺もたまたま響を見つけて、今捕まえねぇとって焦っちまった」

眉を下げて反省してますって顔してるけど、ニヤけてるのがムカつく。


「ふざけんな。そっちの事情なんか知らないし」

「まぁまぁ。お前な家と下の名前しか知らねぇし、探すの苦労してたんだぜ」

「探して欲しいなんて頼んでない。あの日ももう会わないって言ったよね」

そっちの勝手な言い分じゃん。


「そうだったけか? 俺はまたなって言っただろ」

ゆるりと口角を上げて妖艶に微笑んだ晴成。


「本当、迷惑。学生の居なくなった辺りで適当に降ろしてよね」

付き合ってらんない。


「無理」

「こっちが無理」

「そう言うなよ」

こんな無駄なやり取りに辟易した様に溜め息をついて、視線を逸らす。


及川君とは違う意味で、こいつも強者だ。

打たれ強すぎでしょ。


どうやって、逃げようか、頭の中で算段する。

晴成の思い通りになるなんて癪じゃない。


「響さん、先程は晴成が失礼をしてすみません」

助手席の黒髪が振り返って申し訳なさそうに頭を下げた。

いや・・・だから、誰だよ!


「・・・・・」

「申し遅れましたが、俺は佐々本秋道と言います。以後お見知りおきを」

「・・・響です」

名乗られたら名乗るしかない。


「先日はうちの晴成を助けていただいてありがとうございました」

笑みを浮かべた秋道に、

「いえ」

と返す。

かなり面倒な奴を助けてしまったと確信する。


「大変助かりました。お礼を言おうと探していたんですよ」

「探さなくてよかったんですけどね」

迷惑だから。

言い返した私に一瞬目を見開いた秋道は、面白いものを見つけたとばかりに口角を上げた。