アイラがドアノブに手をかけると、ドアはあっさり開いて二人を部屋の外に出してくれた。

僕は彼女の後に続いて階段を降り、一階のリビングを見渡す。

そこは以前イブと過ごしていた時と何ら変わっていなかった。

壁に並んだ瀟洒な燭台で揺れる炎に、丸太の椅子と重厚な木のテーブル。

壁際の棚には木彫りの人形と、リンゴの枝と葉っぱで作られた可愛らしいブーケ。
 
この家のものはほとんどが木だけで出来ていて、それは一見シンクに見えるクラシックなキッチンや調理場も同様だった。黒のインクと漆で丁寧に仕上げられた匠の技だ。

そして調理場に積まれた虹色に輝くリンゴ。これでイブも、そしてアイラもあのアップルパイを焼いてくれたのだろう。

「どう? あの時と何も変わらないでしょう?」



リビングの調度品一つ一つを指でなぞっていると、アイラがそう尋ねてくる。

「うん……何も変わってない」

「それだけ?」

「それだけって、アイラが聞いたんじゃないか」

「他にも感じたことはないの? 例えばそう……嬉しいとか、悲しいとか」

「どうしてそんな真逆のチョイスなの……」

「だって、今の真冬が抱く感情があるとしたらその二つしかないと思ったから」



意味深な彼女の言葉を噛み砕き、僕はこう答える。

「どちらかと言えば嬉しい……のかな。ここで過ごした日々は幸せだったら、また来れたら誰だって嬉しいと思う」

「それが現実じゃないと分かっているとしても?」

「ああその通りだ」



急に僕は苛立ちを感じてアイラを見つめた。



「現実なんて大っキライだ。だから例え幻想だとしても、嬉しく思って何が悪いの?」