「――あのクイズ、凄く難しかったんだ」



僕が呟くと、アイラは意外そうな表情を浮かべる。

「へー、真冬英語得意だから余裕だと思ったのに。もしかしてそんなに私が怖かった?」

「まあそれもあるけど……時雨って本来は秋から冬の初頭にかけて断続的に降る雨、って意味なんだ。なのにお姉ちゃんはずっと雨が降り止まないって言った。だから土壇場で迷ってしまったんだ」

「それはしょうがないわよ……だって、真冬の心はこの一か月ずっと雨模様だったんだもの」

「うん、お姉ちゃんは事実を言っただけだよ。僕はこの一か月ずっと心を病んだまま深い眠りに落ちていたから、雨が止むはずがない。でも、あの暗号が深い眠り(Drow)を微睡(Drowse)に変えてくれた」



そう言って僕はアイラに、恐らくこの世界に来てから初めて本物の笑顔を向けた。

「うとうとと微睡んでいるだけの今なら……いつでもお姉ちゃんの所へ変えれるよ」
アイラは、雪風に銀髪をなびかせながら穏やかな口調で問いかける。

「真冬……もう、帰ってきても本当に大丈夫?」

「うん」

「現実はとっても辛いよ? また痛い目に会うかもしれないよ?」

「分かってるって」

「お姉ちゃんはいつも守ってはあげられないよ?」

「もう充分に守ってもらったよ……幻想でも、現実でも」



僕はそう言って白銀の空に手をかざした。



「だから今度は、僕がお姉ちゃんや妹を守る番だ」



それを聞いてアイラは――お姉ちゃんは安堵の笑みを浮かべ、そして背を向けた。

「私、もう行くね」

「どこに行くの? ここにはリンゴと雪しかないよ」

「壊れてしまったログハウスを作り直さないと。真冬がまたいつここに帰ってくるか分からないでしょ?」



振り向き様にそう言われ、『もう帰って来ないよ』と言いかけて……僕は言葉を変えた。

「うん……ありがとうお姉ちゃん」



「その時は――今度は家族みんなでアップルパイを食べようね」



そして世界は白い光に包まれ……今度は砕け散ることなく僕を連れ出してくれた。



まるで柔らかな微睡から目覚める様に。