「……アイラ?」



先程まで騒がしかった鈴の音は、すっかり静かになって元の綺麗な音色に戻っていた。

僕とアイラは抱き合った姿勢で地面に倒れ、ログハウスの残骸の前で雨に打たれるがままになっていた。

僕がアイラの下から恐る恐る声をかけると、彼女は肩越しに涙声で言った。

「ごめん……なさい……」



体から伝わる震えが、酷く弱弱しく感じられた。

「私、真冬のことが心配で……それで何度も何度も名前を呼んで……そのせいで真冬の鈴があんなことに……」

「――もう、いいよ」



僕が答えると、アイラは涙に濡れた顔を上げた。

さっきの鬼気迫る形相は嘘の様に消え、そこには元の美しい彼女の相貌があった。

「いつも無理させてごめんね……お姉ちゃん」



その言葉を口にした瞬間……降り続けていた雨が嘘の様に止んだ。

「そして忘れてしまってごめんなさい……お姉ちゃん。僕には思い出せなかった。あの時、お姉ちゃんは絵が完成する前に割れてしまったから」



――イブが描き残せなかった人間は忘れてしまう。

以前この世界が崩壊する寸前、イブは自分の姉……つまり僕の姉の絵を描いていた。だけど、それが完成する前に僕はこの世界を壊してしまった。

だからあのアトリエのアイラの絵は未完成だったし、今まで僕はこの世界で実の姉の存在を思い出せなかったのだ。

「ううん、いいの。それは最初から分かっていたことだから。この世界が正常に機能している限り、真冬は決して私のことを思い出さないって。でも――」



そこで、アイラは不意にしかめっ面を浮かべる。

「どうして妹の――イブのことは覚えていたの? それもあんなに詳しく細かい記憶まで」

「……あの時最後、氷漬けになったイブは僕にお願いしたんだ。『私を殺さないで』って。だからきっと、無意識に彼女を生かしてしまっていたんだと思う。だからこそイブのことは鮮明に覚えていたし、彼女との思い出の証であるあのログハウスのことも忘れてなかった」

「ふうん……そう。私のことは簡単に忘れちゃうのに、イブのことは忘れられないんだ。やっぱりお姉ちゃんって辛いな~」

「ち、違うって! お姉ちゃんのことも大好きだよ! ……そうじゃなかったら、僕の幻想に現れたりなんかしない」