セミの声が日を増すごとにうるさくなっていく。
季節は引っ越しの期限である夏に入っていた。
もう、いつパパから「引っ越そう」と言われてもおかしくない。

「明日から夏休みだね~理香子」

自販機で買ったジュースを飲み干し、紫乃が嬉しそうに笑った。
アタシは「そうだね」とだけ返して、額からこぼれた汗を拭う。

夏休み中に遠くへ引っ越すかも知れない、ということを、紫乃にはまだ言えていなかった。

いつ言おうか迷ってるうちに時間だけが過ぎていって、タイムリミットを迎えようとしている。

「あ…もう公園着いちゃったね」

紫乃が寂しそうに呟く。
家を知られたくなくて、代わりに登下校の待ち合わせ場所としている公園…。
いつもならここで手を振って別れるけれど…今日こそは紫乃に言わないといけない。

「あのさ、ちょっと寄っていかない…?」
「…え?」


隣り合わせの青いブランコに、二人で腰かける。
ギィ…と軋む音に、最初は壊れないか心配したが…何とか大丈夫そうだ。

「ふふ、ブランコ久しぶりだな~」
「だね」
「理香子が誘ってくれて嬉しい!」
「…あっそう…」
「あ、照れてる~」

紫乃がブランコを漕ぐ。
少しだけ、昔を思い出した。
初めて会ったのもブランコだった。

――――――………。


「…紫乃…」

言わなきゃいけない。
引っ越すかも知れないって。

「んー?」

風を切りながら紫乃がブランコを漕ぐ。
とても、楽しそうだ。

「あ、のさ…」

ピロンッピロンッ…

…アタシのスマホが鳴った。

「ちょっとごめん…」
「うん、どーぞ」
「…もしもし、パパ…?」

アタシはスマホを耳に当てた。

『理香子か!?喜んでくれ!』
「え?パパ…?ちょ、落ち着いて……」

スマホの向こうのパパの声はとても明るい。
…一体何があったの…?
パパは興奮を隠すことなくアタシに言った。

『当たったんだ!宝くじが!五百万円!』


―――五百万円…?

当たった…?

宝くじ…?


現実味のない言葉に、ついスマホを落としそうになった。
パパは続ける。

『それだけじゃないんだ!新しく仕事が見つかった!大手の大企業に雇ってもらえるんだ!』

―――は?

頭が追い付いていかない……パパは何を言ってるの?

「理香子?」
「紫乃、ごめん…アタシ家に帰らないと…」
「え?あ、理香子…!?」

パパから詳しく聞かないといけない。


アタシは家に向かって走った。