アタシ…紺野 理香子は昔から口下手だった。
いや、説明下手?
この際どちらでもいいか。
とにかくそのせいで、私はよく周りの人間に勘違いされて、怒られた。
保育園の頃を思い出してみる。
記憶の中で、一人の女の子が泣いていた。
『こら、理香子ちゃん!何でお友達を泣かせるの!』
若い女の保育士が、私を怒る。
だって、その子が私の持ってきたオモチャを取ったから…私はそれを簡単な言葉で表した。
『だって、どろぼう、だもん』
短い言葉の方が伝わると思っていた。
それに、泥棒というのが、人の物を盗む悪い人のことを言うのだと知っていた。
しかし、保育士の先生は目を丸くした後、更に眉をつり上げて私を怒鳴った。
『いけません!泥棒ごっこなんて!』
『え?』
今度はアタシが目を丸くする番。
どうやら先生は、私の『だって泥棒だもん』という言葉を、『だって『私は』泥棒だもん』といういう意味で受け取ったらしい。
だから『泥棒ごっこ』はいけません…。
私が言うべきだったのは、『だって『あのこは』泥棒だもん』だったのだ。
つまり『誰が』やったかという、主語が足りなかっただけのこと。
けどそんなの、この時はまだ気づきもしない。
『このオモチャは美咲ちゃんに返します!』
とうとう泥棒したのはアタシだと勘違いしたまま、先生は『私の』オモチャを、美咲という女の子にあげてしまった。
私は泣いた。
だってあのオモチャは、家を出たママが、その前日に買ってくれた物だったから―――。
だけど泣き叫ぶ私を見ても先生は近寄って来ようとしなかった。
『理香子ちゃんが悪いのよ、泥棒ごっこなんて…そんな遊びをするから』
子供ながらにそんな視線を感じた。
その日からその先生はキライになった。
それから数日後、一人でブランコに乗っていたアタシに、一人の女の子が駆け寄ってきた。
『わたしもブランコのりたい!かわってー』
小さな保育園だったから、ブランコは私の座るこの一つしか置かれていなかった。
アタシがそれに乗っていたから、アタシが降りない限り、その女の子はブランコに乗ることができなかったのだ。
アタシは『いや』と答えた。
まだブランコに乗りたかったから。
途端に女の子が涙目になる。
飛んできたのはあの勘違い先生だ。
あのこがブランコ、かわってくれないの…。
嗚咽まじりに辿々しく語る女の子の頭を優しく撫でながら、私を厳しい目で見た。
『また理香子ちゃんなの!?何でブランコを変わってあげられないの!』
アタシは返事に困った。
アタシはただ、一人で遊べるのがこのブランコだったから…変わるのが嫌だっただけなのに。
砂場もジャングルジムも他の仲良しグループが陣取っていて、代わりに一つしかないブランコは皆で遊べないからと避けられていた。
私は一人で遊ぶのが好きだったから、ブランコを取ったの。
でもそれを、どう説明すればいい?
『だって、わたしの、ブランコだから』
今度は主語を入れてそう呟いた。
現に私はブランコによく乗っていて、周りの子もそれを知っていて誰も近づこうとはしなかったので、そう伝えたつもりだった。
だけど先生は怒った。
『ブランコは皆の物です!』
とでも言いたかったのだろう。
先生が口を大きく開けようとしたその時だった。
『そうなんだ~!』
女の子が、感心したような声でそう言った。
泣くのを止めて、私に近づく女の子。
『じゃあ、じゃあね、ブランコかして?』
貸して…それならいいか、と考えた。
貸すということはまた戻ってくるということだから。
いいよと頷くアタシに、女の子は喜ぶ。
『わたしは、しの!よろしくね』
その時初めて、私はその女の子の名前を知ったのだった。
これが、アタシと紫乃の出会い。
アタシの初めての、友達との出会い。