夜の七時。
私と優は、お店の前に立っていた。

あの日夢で見た通りのミントグリーンのお店。
しかしこの建物は、私の家から歩いて十分圏内の所にある狭い路地にあった。

「ここが友達ドールの十六号店だよ」
「じゅ…うろく…?そんなにあるの?」
「もっと沢山あるわ…気づかないだけでね」

優がそう呟く。

優いわく、友達ドール店は強く友達が欲しいと念じた人にしか見つけられないという。
ただし例外として、友達ドールを連れていればその友達ドールの案内で見つけられるとも。


「優衣ちゃんも、ここに来たことがあるのよ」


勿論、夢の中じゃなく、その足でね。


カフェで、優が話してくれたことを思い出す。

『優衣ちゃんはあの日…私を選んでくれたあの日、友達ドールのお店にやって来たの。制服姿だったから、多分学校帰り…。そしてエリス様の残した書き置き通りに名前と住所を書いた紙を、ドールだった私の両手に持たせてくれた…』

その時の私は涙を流していたという。
友達が欲しい、と言いながら。

『優衣ちゃんは図書室で借りた本を見て、友達ドールのことを知ったのよね?…その本を書いた一人は間違いなくエリス様よ』

うん、そしてそこには確かに、友達ドールのお店に行く方法が書いていた。
満月の綺麗な夜、金平糖を口に含んで友達が欲しいと念じながら寝むると行ける、不思議なお店―――。
内容はしっかり頭の中にあった。
けれど優は首を降る。

『そこに書いてある内容は…本当はこうよ。……友達が欲しいと念じながら外を歩きなさい。ミントグリーンのお店があったら、迷わず入るのです。そこであなたは永遠の友達を手に入れることができます…』

私は耳を疑った。
だって、私の記憶では―――…。


そこでようやく気づいた。


―――記憶?

そんなの、エリスさんなら自由に塗り替えることができるじゃないか。

でも…それならいつ、どの瞬間で私の記憶は塗り替えられたの?

それにも優は答えてくれた。

『あのお店にはね、店長であるエリス様のお力が満ちてるの。優衣ちゃんがお店を出た瞬間、現実にお店に来たという記憶を、夢の中でと塗り替えたの。本の内容もね、一晩寝たら変わるように…本自体にお力を宿してるわ』


……どうして、エリスさんはそんなことを?


『満月の綺麗な夜に、友達が欲しいと念じながら金平糖を口に含む……そんな内容の方が、ロマンチックだからよ』

そう言って優は苦笑していた。


私はもう一度、お店を見つめる。
すると……。

ギィ……とドアが開いて、その向こうにエリスさんが立っていた。
私達に気づくと「あら」と呟きほほ笑む。

「優衣様に…ええと…」
「優です、エリス様」
「そう、優…よくいらっしゃいましたね」
「エリス様にお願いがあり、優衣ちゃんに全てをお話ししました」
「あらそうなの…分かりました、外ではなんですから、中にいらして?」

エリスさんに促されて、店内に入る。
そこには焦げ茶色の長机の上、沢山のドールが並んで此方を見ていた。
あの時は何てことなかったけど…こうして見ると少し怖い。

「どうぞ、此方にかけて下さいな」
「は、はい…」

店内と同じ、ミントグリーンのソファに優と腰かける。
お紅茶を入れてきますわ、と部屋の奥に向かうエリスさん。
再び戻ってくるまでの間、私はずっと店内を見渡していた。