「白鳥ってこの町の花火大会のことは知ってるんだっけ?」

すっかり夏の装いとなった桜並木を横目に永野君が呟いた。

「うん、棚野町の棚野花火大会でしょう?小学生のころまで此方にいたから…その時は優衣ちゃんと毎年行ってたよ」

ね、優衣ちゃん、と優が私にほほ笑む。
私もその『設定』に頷いた。
そっか、花火大会があったんだ。
高校に入ってからはイジメのせいで、それどころじゃなかったから、忘れてしまっていた。
永野君が突然立ち止まり、優の顔を見つめた。

「じゃ…じゃあ、さ…今年は俺と行かない?花火大会…二人で」

ぴくん、と私の体が跳ねた。

「―――だ、ダメ!」

優が口を開くより早く、私が言った。
優はキョトンとしている。
永野君は何でお前が、とでも言いたそうに眉をひそめていた。

「あ、えっと…ごめんね永野君、今年の花火大会は前から優と二人で行こうって約束してて…」
「え、マジで?」

永野君が優を見た。
優はパチンっと両手を合わせる。

「そうなの!ごめんなさい永野君…」

申し訳なさそうに眉を下げて、上目使いに謝る優。
永野君はそんな優に「いーよいーよ!」と苦笑した。
…少しだけ良心が痛む。
なぜなら優と花火大会に行く約束なんてしていない……完全なる嘘だから。
優が話を合わせてくれて良かった。

「やっぱお前らスゲー仲良いよな」
「当然です、私と優衣ちゃんは友達だもの」
「ゆ…優…」

優が私の頬にすりよってくる。
ふわふわした髪の毛が顔に触れて…くすぐったい。
永野君はその光景を見つめながら、ボソッと呟いた。

「…友達…ね…」

その声がとても低い音で私の鼓膜に届き、体が固まった。
永野君と目が合うと、ニコ…と。
口元だけがその顔に弧を描いた。
それがとても不気味で、身の毛がよだつ。

「優衣ちゃん?」

優にはその声が聞こえていなかったらしい。
無邪気な笑顔でこてんと首をかしげている。

「な、何でもないよ…」

私がそう言うと、優は不思議そうにしていた。
永野君をチラリと盗み見る…もうすっかり、いつもの人当たりが良さそうな笑顔に戻っている。


…さっきの表情は……?

「んじゃ、フラれたし俺は先に行くわ~」
「ふふ、さよなら永野君」
「…さ、さよなら…」
「おう、さよならー」

別れの挨拶をして、私達は別れた。