優の発言で場の空気が静まりかえった。
さっきまであんなに目を輝かせて笑顔を浮かべていたクラスメイトは皆、気まずそうに優から視線を反らしている。
しばらくの沈黙。
それを破ったのは、このクラスのボス…理香子だった。


「…はぁ?何言ってるの白鳥さんてば。うちらは優衣のことイジメたりしてないんだけどー」

その言葉に優が反応した。

「…自分がやったことを、イジメだと認識できていないのね理香子さん…可哀想に…」
「…は?あんたホント何言ってるの…?」

理香子の声がますます低くなっていく。
優は怖れることなく言葉を続けた。

「皆が何をしてきたか、全部優衣ちゃんに聞いたよ…私、悲しいの」
「ゆ、優……?」

優は胸の前で両手を組み、とても悲しそうに声を震わせる。
その姿に、その場にいた全員が息をのんだ。

「本当は全部、理香子さん達の勘違いなのに…ねぇ皆、聞いて…?優衣ちゃん、二股なんてしてないんだよ…!」

優の言葉にクラスの皆がざわつく。
皆、理香子と紫乃の言葉を信じて今日まで私をイジメていたから……。

「え、どういうこと…」
「よ、横手って二股ビッチじゃねぇの?」
「知らねぇよ!そう聞いたから俺達……」
「ちょっと待ってよ、じゃあ私ら…ずっと横手さんのこと誤解してたの…?」
「誰だよそんな早とちりでホラ吹いたの…」
「確か…」

皆が、理香子を見た。
理香子が慌てたように口を開く。

「ちょっと…!アイツの言葉を信じるの!?」
「…それは……」
「でもさ……」
「―――――っ!!」

理香子がバンッ!と机を叩く。
その大きな音に驚いて、ビクリと背が震えた。優が「大丈夫?」と私の手を心配そうに握る。

理香子は吐き捨てるように言った。

「アタシはイジメてなんかない。てか優衣が二股してるって最初に教えてきたの、紫乃だから」

「え…!?」

名指しされた紫乃が目を丸くする。
クラスメイトから、一斉に視線が注がれた。

「で、でも…!あのときは―――!」

うろたえる紫乃が何かを言いかけて、理香子が舌打ちしながらそれを睨みつけた。
押し黙る紫乃。
理香子はそのまま教室を出ていった。
紫乃も慌ててその後を追いかける。
場が静まりかえる中、優が締めくくるように話し始める。

「皆、例え始まりは勘違いでも、皆が優衣ちゃんをイジメてたのは変わらない事実なの…だからごめんなさいって、しよう?謝ろう、心から…それで優衣ちゃんが許してくれたら…その時は友達に戻ろう?」

イタズラした子供を、親が優しくたしなめるような…優しい声色で。
優はほほ笑みを浮かべていた。

クラスメイトの一人が、私の前に出る。

「…よ、横手さん…私達…勘違いしてた…横手さんのこと…」

すかさずもう一人も声をあげた。

「ごめんなさい、横手さん…!謝っても許されないことしちゃったけど……」

―――こんな日が、来るなんて思わなかった。
私は目を見開く。
先程まで優を取り囲んでいた皆が、今度はその隣の、私の机の周りに集まってきた。

「ごめん!横手…!」
「ごめんなさい、ごめんなさい…!」
「傷つけてごめんね…酷いことしちゃったよね…!」

―――謝罪の言葉の雨だった。
中には涙を流して謝る子や、その場で土下座しようとする子までいた。

「…どうする?優衣ちゃん…」

優が呟く。
正直、謝られたくらいで済む話じゃないというのが本音だ。
いっぱい傷ついたし、いっぱい泣いた。
その度、見てみぬフリをされた。
誰も救いの手は伸ばしてくれなかった。
優は言葉の中で、私が皆を『許してくれたら』友達に戻ろう…と言っていた。
それなら、許さないという選択肢もあるんだ。
優はその道を残してくれていた。

………だけど。

私は優の手を握り、イスから立ち上がった。



「――もう、いいよ」




許すのも、勇気だ。