ママですが、極上御曹司に娶られました

 夕方に視察は無事に終わったようだ。

「千華子ちゃん、視察の人たち帰るわよ」

 貝瀬さんが窓辺で呼ぶ。地元密着の中小企業に、一部上場の大手企業の社長が現れたわけだ。みんなそわそわしている。

「わ、イケメン! あの社長さん! すごいイケメンだ!」

 貝瀬さんやほかの女性社員がはしゃいでいる。その横で本社の営業担当の男性たちが感心したように言う。

「若ェなあ。まだ三十代だろ」
「五年前くらいに代替わりしたんだよな。旧社名が正安通商」

 私より六つ上の彼は、今年で三十七歳になるはずだ。
 見たくない。会いたくない。
 そう思いながら、私は重たい足取りで窓辺にやって来た。
 店舗と工場の前の駐車場で塩谷社長と言葉を交わしているのが、SEIAN現社長だった。説明されなくてもわかる。

 安慈創成(あんじそうせい)、三十七歳。……新の父親だ。
 一緒にいたのは五年以上前。そして、あのときと彼はまったく変わらない。
 背が高く、鼻梁の高い端正な顔立ち。新と同じ真っ黒な髪と澄んだ瞳。きっと、声も変わらず低く涼やかだろう。

 胸がぎゅうっと締め付けられたのは、古い記憶のせいだ。どうか、これ以上彼に接近する機会が訪れませんように。
 私は彼から離れたのだ。創成の傍にいるまいと決めたのは私なのだ。




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