覗き込むようなねだる視線。

思わず距離を取ろうとしたものの、彼はベンチに置かれた私の手をすかさず掴み、そっ、と重ねる。

…しまった。すっかり元の調子を取り戻している。しゅん、としているくらいが心の刺激が少なくてちょうど良かったのに。


「榛名さんは、榛名さんです。婿入りしない限り変わらないでしょう。」

「そういう意味じゃない。分かっているだろう?…まさか、俺の名前を今さら知らないだなんて言わないよな?」

「知ってますよ。」

「呼べと言っている。」


…ここで“俺様”が発動するとは。

ギラリ、と獲物を捕らえたような鋭い光を宿した瞳。重なる手に力がこもり、逃す気はないのだと無言の意思表示が見えた。


「奏のことは名前で呼んでいるだろう。…百合の旦那は俺なのに。距離感が逆だ。」

「そ、そんなことを言われても…」

「それに、いずれは百合も“榛名”になるだろ?榛名さんが榛名さんと呼ぶのは変だ。」


最強の口説き文句が飛び出した。不意打ちのセリフに防御もなにもない。現実味はまるでないのに、自信たっぷりな彼の態度に納得しそうになる自分がいる。屁理屈を並べられているような、論破されているような、複雑な心境だ。

彼は、じっ、と私に呼ばれるのを待っているらしい。従順にしているように見せかけて、主導権を握っているのは結局彼の方なのだ。

観念した私は、ぎこちなく呟く。


「…り、律…さん。」

「!」