ーーだが、環境が良いとはいえ、夜の仕事は“副業”に含まれる。会員制のキャバクラで働いているなんて、会社の同僚には言えなかった。もちろん、不要な心配をかけるであろう家族にも秘密。

トラブルに巻き込まれていなくとも、姉がキャバクラで働いているなんて紘太が知ったら、きっと黙ってはいないだろう。俺が代わりに、だなんて言いだしかねない。

…と、その時。
ちらり、と店内へ視線を移したミユキが、はっ、と目を見開き、そしてわずかに声を低めた。


「…“ヒビキ”。また来てるよ、アンタの“お客さん”。」


“ヒビキ”というのは、私の店での“源氏名”だ。

彼女の声に、ふっ、と目をやると、店に入ってくる“ベストスーツの男”が見える。

ーー男の名前は“今井”。近くの商社に勤める中年のサラリーマンだ。彼は最近この店に通うようになり、私を指名する客である。どうやら、私の“容姿”が気に入っているらしい。世の中には物好きな男性がいるものだ、なんて思いながら、私は“太客”獲得のため、必死で接客をしていた。

全ては、借金返済のため。

“イケメンのヘルプにだけ付かせてください”、だなんて言えない。

すると、ひとりのボーイがミユキの元へ近づいてきた。私をチラチラと見ながらサインを出している。


「ほら、今井さん、今日もヒビキを指名だって。…でも、気をつけな?あのオヤジ、悪い噂あるし。」

「“悪い噂”?」

「うん。アフターのサービスを越えてお気に入りのキャバ嬢に手ぇ出すから。まるでストーカーだって、他の店でも有名らしいよ。」