「…どうして…、こんなことを…」
ぽつり、と口から溢れた声に、彼は静かにまつげを伏せる。
「…まず、今の君の状況を整理しよう。ーー君は初め、家の負債を消すためとはいえ、愛のない結婚はしたくないと乗り気ではなかった。しかし、律が本気で自分のことを好きなのだと知り、無碍には出来ないと思いはじめるが、借金絡みで利用してしまう罪悪感やあいつの気持ちに応えることが出来ない自分の心と板挟みになりどうすればいいか分からなくなっている。」
「!」
「…と、俺の見解はこうだ。当たらずも遠からずといったところだろう?」
(遠からずどころか、まんまそれです…!)
飛び抜けた観察眼と洞察力。昨夜初めて会った人にここまで見透かされているとは思わなかった。
奏さんは、静かに長い脚を組みソファへもたれかかる。
「律が君に惚れて、振り回しているのは悪いと思っている。…だが、君がもし、少しでも“金目当て”で律を受け入れるつもりなら、今すぐこの小切手を持ってウチと縁を切って欲しい。」
「!」
「すまないが、俺にとって律も大切な弟だ。…逢坂さん。君は何も悪くない。けれど、律は君のためにピアノから遠ざかり、君のために副社長の椅子についた。…俺だけが背負えばよかった“財閥を継ぐ重圧”や“周囲からのやっかみ”を受け続けるイバラの道を律に選ばせた君を、俺はあまり良く思っていないんだよ。」



