ーードッ!!


強く押される背中。

思わずよろけた私の耳に届いたのは、力強い紘太の声。


「逃げろ、ねえちゃん!」

「!」

「後は俺がなんとかしとく!旅館のスタッフも足止めしとく!ばあちゃんにも詐欺防止の合言葉教えとくから…!!」


っ、と呼吸が詰まった。

一瞬の迷いが頭をよぎる。

しかし、それを振り切るように紘太が動揺を抑えきれない声で叫んだ。


「俺、あいつを“兄”とは呼べない!」

(!!)


ーー翻る振り袖。

着物が乱れるのも気に留めず、私はただひたすら廊下を駆けた。

最低だ。

せっかくの晴れ舞台に、私は無断でバックレようとしてる。

お父さん、お母さん、見ないでください。

天国から見守っていた娘が、品のカケラもなく全力疾走しているなんて、事案です。


「あらっ?百合ちゃん…?!」


途中でバッタリと鉢合わせたおばあちゃんと目が合うと、思わず泣きそうになる。


「ごめんなさい!親不孝で…っ!!」


すれ違いざまにそう言い残す。

ビュン!と遠ざかる孫の背中に、祖母はぱちり、とまばたきをした。

きっと、呆れて物も言えないんだ。


「百合ちゃ〜ん…!お手洗いはそっちじゃないわよ〜…!」

「……。」


ーー微かに聞こえたそのセリフに、私は罪悪感とは別の涙を流したのだった。