「ちっ、違います!コレはその…っ!やましいことはしてません!致し方なく一晩同じ部屋に泊まることになっただけで、私は一睡もしてませんしっ!!」
「うふふ、冗談です。目の下のクマを見ればなんとなく分かりますよ。」
くすくすと笑う彼女。
単に軽くからかわれただけだったのか。歳上のお姉さんは私の反応を楽しむように微笑ましげな視線を向けている。とっさに慌ててしまったのが恥ずかしい。
「…あら?」
その時、彼女が小さく声を上げた。
すると数秒後、きょとん、としていた私の背後から聞き覚えのある声が耳に届く。
「ーー日笠。どうしてお前がここにいる。」
(!)
振り返った先に見えたのは、ダークブラウンの髪に、色気のある切れ長の瞳。
それは、噂の副社長、榛名さんであった。
コツコツとこちらに歩み寄り、私の腰掛ける椅子の背もたれに手をつく彼に、日笠さんはニコリと微笑む。
「副社長が朝から仕事を詰め込んで、お昼になった途端そそくさと会社から出ていかれたものですから、奥さまのところに向かったのだと思いまして。私も挨拶をしようと伺ったんです。」
わずかに目を細めた榛名さん。
どうやら図星らしい。秘書に完全に思考回路を読み取られていた彼は、さっ、と視線をそらす。
「ーー百合。」
ふと名前を呼ばれ、顔を上げると、彼は表情一つ変えずに私との距離を詰めた。
「無事に出勤できたようでよかった。…だが、俺がシャワーを浴びてる間にいなくなるなんてひどいじゃないか。さすがにちょっと傷ついたぞ。」
「っ、ちょ、ちょっと!職場でそういう話はやめてください!」