時刻はすでに十二時をまわっていた。そうこうしているうちに日付が変わっている。

しかし、恋人同士でも、合意の上で来たわけでもない男女が大人のホテルで一晩過ごすなんて、さすがに経験のない私でもわかる。

“既成事実でも作られたら”


「私、タクシーで帰れます!」

「ここから家まで帰るとなると、大体七千円はかかる。加えて今は深夜料金だが、今のお前にタクシー代に回す金の余裕があるのか?」

(っ…!!)


痛い、痛すぎる。
月の食費を七千円に抑えている私にとっては、死を意味するからだ。

この男、全てを見透かしているらしい。

まさか、全て仕組まれていた?

すると、警戒を強める私の心を察したのか、くす…っ、と笑った彼は私とすれ違うように部屋へ入っていく。


「取って喰ったりしないから安心しろ。」


振り向いた横顔は、あまりにも綺麗で。“ほほえみ”、というより“微笑”と表現した方がしっくりくる、心が震えるような品があった。


“ーーお前はただ、俺の“嫁”になるだけでいい”


…こうして。愛の言葉など一つもないプロポーズを告げられたこの夜が、私の人生をガラリと変える契機となったのだった。