「ーー行くぞ。」
低く告げられたセリフ。
エスコートするように、目の前のホテルへと歩き出す彼に、私は混乱に包まれる。
「?!!ちょ、ちょっと、あの…っ!」
「落ち着け。あのストーカーを捲くだけだ。さすがに中までは付いてこない。」
耳元で囁かれた声に、ぴくっ!と肩が震えた。心臓に悪い甘い声が、私の正常な思考回路を停止させる。
ーーガチャッ!
部屋を選ぶ余裕もなく、彼に任せてツカツカと廊下を進む私。逃げ込むように一室に入り扉を閉めると、ドッ!と体が重くなった。
(…怖、かった…)
今になって、ぞっ!とする。あのまま今井に付きまとわれていたら、どうなっていたことか。
深呼吸の後、心を落ち着かせ視線を上げると、目の前に見えたのはまるで王室のような“天蓋”。ガラス張りの浴室にはあらゆるアメニティが揃っていて、バスタブはジャクジー付き。その横には薔薇の花びらまである。
(…!まさか、ここ、すごく高いとこなんじゃ…)
ーーと、私の肩に回っていた腕が、すっ、と離れた。
はっ!としたその時。至近距離で視線が交わる。
「…っ。」
整った顔に思わず息が止まったが、私の耳に届いたのは、初対面の彼が知るはずのないセリフだった。
「ーー無防備にもほどがあるな、“百合”。」
(え?)



