ふっ、と感情が落ち着いた。嘘のように昂っていた熱が冷めていく。…ここに律さんがいてよかった。きっと一人だったなら、気が動転して迷わず突入していただろう。
深呼吸をした私は、律さんの指示のもと110番に連絡を入れた。そして、パトカー要請後、路地の陰から様子を伺う。すると、真人の話し声がかすかに耳に届いた。
「ーーだから、何度も言ってるだろう。お宅の百合さんが、借金のカタにこの土地を売ったんですよ。だからさっさと、土地の“権利書”を持って私たちと手続きをしに来ていただきたいんです。…あの娘は、金のために育ての親であるあなたを裏切ったんですよ。」
(…!!)
ひどいでっち上げだ。
ここは、私と紘太が育った大切な“実家”。他に代わるものなんてない家族の住処だ。金の魔力に魅入って悪魔となったお前のような男が汚い手で荒らしていい場所じゃない。ズカズカと土足で踏み込んでいい領域じゃない。
ぐっ、と握り締めた手に力が入った。
怒りのあまり、思わず律さんの制止を振り切り駆け出そうとした、次の瞬間。ずっと黙って聞いていたおばあちゃんが、静かに口を開いた。
「ーーお引き取り下さい。」
「…!」
予想外の反応に面食らったような真人。
はっ、とした私と律さんが身守る中、おばあちゃんは凛とした声で続けた。
「うちの孫はそんな事をするような子じゃありません。私は、私が育てた二人を信じています。本当の名も名乗らないような悪徳業者に、この家は譲りません。」
「なっ…!」
「百合ちゃんを侮辱するようなら、すぐに帰りなさい!」



