…奏さんは、本当に食えない男だ。その態度は羽が生えたように軽やかで、いまいち本心が読めないし、何を考えているのかも分からない。それに、彼をうまく躱せたと思ってもいつの間にか掌の上で転がされている。加えて、からかい上手の彼に構われて嫌じゃないと思えるのは、奏さんの放つ独特の色気と爽やかさの影響なのだろう。
冗談なのか本気なのか分からないセリフに困惑しながら、私はぺこり、と頭を下げて部屋を出た。
そして、その背中を見送る彼は、やがて私の姿がエレベーターに消えると、ふっ、と何かを思案するように目を細めていたのだった。
ーーー
ーー
ー
ーーピッ。
百合がハルナプロのビルから去って行くのを窓から見つめた奏。カタカタとパソコンを起動し、いくつかのパスワードを入力する。
長い指が打ち込んだ文字の羅列は、やがて画面上にいくつかのムービーを表示させた。
「…。」
無言で映像を見つめ、まつげを伏せる奏。
その表情はいつになく固く、百合に見せていた紳士的な笑みとは全く異なる瞳であった。
そして数秒後。おもむろにスマホを取り出し画面を操作し耳に当て数回のコール音を流した後、彼は電話の繋がった先に低く告げる。
「ーーもしもし?俺だ。…火急の用がある。黙って聞いてろ。」
ーーその後。静まりかえったハルナプロの社長室で、鋭い表情をした奏の声が電話の向こう側に告げられたのだった。



