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「じゃあ、お先に失礼します。」

「おー、おつかれー。」


終電間際の午後十一時半。視線を向けず、挨拶にひらひらと手を振るミユキ。一歩店を出ると、そこは深夜とは思えないほどチカチカと明るいビルが建ち並んでいる。

やっと、長い一日が終わった。


(えーっと…、今月の家賃が三万…、食費が七千円…。…明日のお昼、お弁当節約すればなんとか乗り切れるかな。)


駅までの道のりで考えることは、いつも“お金”のことばかりだ。こうして、今日の稼ぎと出費をぐるぐると計算し、借金返済に充てられる額をひねり出す。


(…あ、そうだ。帰ったら、紘太に連絡しなきゃ。…あの後、どんな“地獄”だったか…)


ーーと、ふいに頭をよぎった弟への罪悪感に苛まれ、深くため息をついたその時だった。


ぐんっ!


「!!」


突然、誰かに肩を強く掴まれた。

思わずびくり、と震え、息を止めると、背後に立っていたのは見慣れたベストスーツの男。


「ヒービキちゃん。そんな怯えた顔しないでよ。ごめんごめん、びっくりした?」

「っ、今井、さん…?!」


それは、先ほどまで店で時間を共にしていた今井であった。

思わず営業モードに切り替わりそうになる私だが、今は完全なプライベート。彼と店の外で会話を交わしていることさえ異常なのだ。


「び、びっくりしましたよ…!えっと…今井さん、どうして…。一時間前にはお帰りになりましたよね?」

「ヒビキちゃんのこと、待ってたんだ。ほら、夜の街は危ないからさあ、帰り道送ってあげようと思って。」