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「…いい加減、笑うのをやめたらどうだ?」
ーー午後九時半。
ホールを出てベイサイドにある駐車場を目指す私たちは、レインボーブリッジの見える遊歩道を二人並んで歩いていた。
苦笑する彼の隣で、私は笑いが止まらない。
「だ、だって、綺麗なクラシック曲を予想していたのに、いきなりバースデーソング弾き出すとは思わないじゃないですか…!」
「誕生日といったらアレだろう。」
「しかも歌ってくれるんですね。ビックリして息が止まりましたよ。」
ハッピーバースデートゥーユー、でお馴染みのあの曲。可愛い。可愛すぎる。数秒前までプロみたいに難しい曲をさらっ、と弾いていたのに、最後の最後であの選曲なんて。
安定の歌唱力で弾き語りができるスペックにも驚いたが、それよりもクールな律さんが幼稚園の先生のように曲を披露してくれるだなんて、もはや“テロ”だ。攻撃力が凄まじい。
「…まぁ、お前が楽しそうならそれでいいが。」
だが、天然を発揮したと思えばそんなことをぼそり、と言うものだから、本当にずるい男だと思う。
やがて穏やかな空気が流れ、私は小さく呼吸をした。お互いの存在を感じるだけで会話はないものの、その距離感は心地いい。



