すると、苦笑した彼は数秒考え込み、やがてゆっくりとペダルを踏んだ。
♪♫〜♩♪♫〜♬♪♩
跳ねるような可愛い曲調。明るいテンポは、聞き馴染みがある。
「…これ、ショパンでしたっけ?」
「あぁ。“子犬のワルツ”だ。知ってるだろ?」
「はい。…私、犬みたいってことですか?」
「素直な子犬みたいで可愛いだろ。見てて飽きない。」
「っ…!す、すぐそうやって隙あらば口説く…」
「油断してたな?」
くすくすと笑う彼。
甘いセリフにも胸が鳴ったが、さらっ、と名曲を弾けてしまう彼に思わずときめく。ブランクがある今でも、指の感覚は衰えていないらしい。
彼は私でも知っている有名なピアノ曲を探りながら、鮮やかに弾いてくれた。バッハに、モーツァルトにドビュッシー。音楽で習った記憶のある作曲家たちの名曲が次々と奏でられ、心が躍った。
二人きりのステージ。
誰もいないホールに、律さんの指が叩いた鍵盤の音が響く。



