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「ーー随分、聴き入っていたな。百合。」
閉演後。ホールに併設されたラウンジで夕食をとりながら、律さんがふっ、と私を見つめた。見られていたことに全く気がつかなかった私は、少し気恥ずかしい。
「すごかったです…!生で聴いたのは初めてで、とても感動しました。連れてきてくれてありがとうございます。最高の誕生日プレゼントです…!」
「はは、楽しんでくれて何よりだ。」
穏やかに微笑む彼も、余韻に浸るようにプログラムを見返している。
ちらり、と腕時計を見やると時刻は午後八時をまわっており、大きな窓ガラスの向こうは夜の帳に包まれていた。もう少しで、誕生日が終わってしまう。
「…そろそろ行くか。」
私の様子を伺いつつ、カタン、と席を立った律さん。流れるようにエスコートされながら、ラウンジを出る。
しかし、そのまま車へ向かうと思っていた私をよそに、彼はすたすたと会場の階段を登り始めた。
「り、律さん?どこへ行くんです?ロータリーは向こうですよ?」
「あぁ、分かってる。少し“寄り道”だ。」
(“寄り道”…?)
コツコツと迷いなく進む彼。ギィ、とホールの扉に手をかける律さんに、慌てて声をかける。
「えっ、いいんですか?もうコンサート終わっているのに…」
「心配するな。許可は取ってある。」



