このお見合い、謹んでお断り申し上げます~旦那様はエリート御曹司~



ーーフッ!


そして、開演五分前。アナウンスとともにオルゴールのブザーが鳴り、会場の照明が落とされた。ステージの上に、一台のグランドピアノが照らし出される。

じっ、とステージを見つめていると、淡いコバルトブルーのドレスを着た女性が舞台袖から登場し、静かに椅子に腰掛けた。細く白い手が、そっ、と鍵盤に乗る。


♪♫〜♩♪♫〜♬♪♩


(…あ。これ、聞いたことある…)


優雅で繊細な音色は、聴き馴染みのあるクラシック曲だった。流石に生演奏は格が違う。その場に流れる空気も、コンサートならではの緊張感と高揚感に包まれている。

演奏に聴き惚れるうちに、刻々と時間は過ぎていった。たまに隣をちらり、と見上げると、私の視線にも気付かないほど真剣に聴き入る彼の横顔が映り、頬が緩む。律さんは、やはりピアノが好きらしい。そういえば、彼は副社長になる前はピアニストを目指していたんだった。

二回ほど休憩を挟み、気付けば次で最後の曲である。シックなタキシードに身を包んだ男性が、コツコツと壇上に現れた。

そっ、と彼の指が奏でだした曲は、クラシック音楽に疎い私でも分かる。


(…これ、ベートーベンの“月光”だ…)


美しい曲調ながらも、どこか切なく寂しげな音。身動き一つ出来ないほど引き込まれた。ーーこの曲は、ベートーベンが愛する女性に贈った曲だと聞いたことがある。境遇の差が生み出した壁により、実らなかった儚い恋。その静かな音色の中に混ざる美しく重い響きに、心が震えた。


(…まるで、今の私みたい。)


ーーライトの光しか見えない真っ暗な闇の中。私はそのピアノの音を聴きながら、ちくり、と胸に微かな痛みを覚えたのだった。