鳥のさえずりさえ聞こえてくる気持ちの良い朝。

まもなく古希を迎え様とする男が、当主のひとり息子とその恋人が眠る離れの部屋まで、ただ二人を起こす為にだけに長い廊下を渡って行く。

そして、大きドアの前で一度コホンと咳払いをしてノックをする。

(トントン)

「おぼっちゃま、起床のお時間で御座います」

この屋敷のひとり息子を毎朝起こすのは、この屋敷に勤めて50年のベテラン執事、高城である。
高城の父も、また、黒羽家の執事を任され、高城家は代々黒羽家の執事を務めて来たのである。

(トントン)

「煩い…………」

高城が起床時間を知らせるべく、ドアを再びノックするも、その音《ね》に気づきながらも、毎朝それを無視し、全くベットから脱け出そうとすらしない、この男は、黒羽涼夜《くろばりょうや》30歳独身。職業、モデル。

「……高城さん開けないで?」

そして、開けるなと言うのは、涼夜の恋人で秘書の魁斗である。

5年程前まではフランスを拠点とし、その頃からモデル涼夜の人気は世界に響き渡り、モデル界のプリンスとも言われていた。
そして、今でも涼夜が雑誌の表紙を飾れば即完売と言われる人気モデルである。

そして、涼夜の父親である黒羽雅(49歳)は、涼夜が専属モデルを務めるメンズブランドblackbirdの社長兼、デザイナーである。

父親である黒羽雅の人気も涼夜に劣らずではあるが、涼夜と違うのは、女性関係の話題が絶えない事である。
2つの人気が相まって、双方の黒羽を知らない者はいない。

涼夜が魁斗に会ったのは、まだフランスにいる頃だった。街中で見つけた魁斗にどこか懐かしさを感じた涼夜は、魁斗を側に置くことにした。

ある晩、酒に酔った魁斗から聞かされた話で、自分と同じ目的を持ってる事を知り、それまで以上に魁斗の面倒を見てやる様になり、一緒に暮らし始めた頃には、二人はゲイだと噂になったが、この世界ではゲイなど珍しくないと言って、否定も肯定もしないままでいた。

魁斗と暮らし始めて1年が経った頃、涼夜は父、雅からの仕事のオファーを受け、blackbirdの専属モデルになる為に、魁斗を連れて帰国した。

帰国して2年経った頃、涼夜は自らデザインしたAngel Kissのレディースブランドを立ち上げ、今はデザイナーとしても活躍し始めた。