「お前はリビングで熱を出して倒れていたんだ」

屈みこんで私の顔を覗き込みながら、淡々と副社長が抜け落ちている記憶を補ってくれる。

偶然自室から飲み物を取りに出てきた副社長は倒れている私を見つけ、部屋まで運んでくれたそうだ。

にわかには信じられない事実に言葉を失う。


副社長に運んでもらうなんてありえない……どれだけ負担をかけたのだろう。


「一応お前が眠っている間に知り合いの医者に診てもらった。発熱は疲労の蓄積によるものだろうとの見立てだ」

「……そうですか……すみません……」

ショックにも似た驚きを感じるのに熱のためか頭がうまくまわらない。

深夜にここまで運んでもらって、お医者様に診察までしていただいたなんて、どれほど迷惑をかけてしまったのだろう。

家主とはいえほぼ赤の他人同然の私のために尽力してくれたのだ。その事実に胸がいっぱいになると同時に申し訳なさが込み上げる。

「ご迷惑をおかけしてしまって……本当に申し訳ございません。ずっと看病してくださっていたんですか?」

壁掛け時計の針は午前五時半をさしている。

リビングで話し合っていた時刻から随分時間が経っている。

部屋の中央にある小さめのテーブルの上には体温計と薬や水、冷却ジェルが置かれていた。

「謝らなくていい。澪が悪いわけじゃない。……急激な環境の変化に疲れてしまったんだろう。追いつめるような真似をしてしまって悪かった」

ほんの少し気まずそうに言われて目を見開いた。

当たり前のように澪、と呼ばれて胸の奥がなぜかくすぐったくなった。