「どうせ秘書課に転籍したらわかる話だからいいだろう。それと性別を勘違いしていたからといって取り消しにはならないから安心しろ。俺は優秀な秘書が来てくれればそれでいい」

「よくないです。私にだって心構えがあるんです。それに秘書業務未経験ですし、辞退を願い出る可能性だってあるんですよ?」

辞令なので断るなんてありえないとわかっていながらも口にする。

「さあ、どうかな」

「……副社長って意地悪ですよね?」

面白がるように軽くいなされて、子どもの癇癪のようだと思いながらも、悔しまぎれに言い返す。

「そうか? 一応周囲には王子様みたいで優しい、と言われてるぞ?」

自分で王子様とか言わないでほしい。

誰に対しても物腰柔らかく平等だ、とべた褒めしていた後輩の台詞を今こそ全否定したい。


どこが物腰が柔らかいの? どこが王子様なのよ? 


外見は極上かもしれないけれど、ただの嫌味な男性だ。

「……まさかの二重人格ですか?」

不機嫌さを露わにすると副社長は唖然とした表情を浮かべた後、クシャリと相好を崩した。

「本当にお前は……圭太の言う通りだな。真っ直ぐにぶつかってくるし予想がつかない」

「……どういう意味ですか?」

思わず距離をとっていたことも忘れてにじり寄ると、綺麗な指が私の髪を撫でた。

「今度教えてやるよ。そういうわけだからこれからよろしくな、澪」

いきなり名前を呼ばれて呼吸が止まりそうになり、思わず目を見開く。

きゅうっと胸が締めつけられた気がした。

「な、名前……」

「恋人なんだから当たり前だろ? じゃあ俺はまだ仕事があるから戻る」

そう言って話は終わった、とばかりにすっと立ち上がる。


諸々の衝撃から立ち直れずに、私はその場にしばらく座り込んでいた。