「女のお前の力ではかなわない事態を防ぐのが俺の務めなんだよ」

そう言って私の両肩をつかんでそっと抱き起す。


ふわりと一瞬だけ抱きしめられた気がするのは勘違い? 


伝わる高めの体温に身体が強張ってしまう。

「い、いきなりこんなことをする人はいません!」

声が上ずる。初対面に近い人に押し倒されるなんて、普通はありえない。

座りながらも後退りする私を見て、悪びれもせず肩を竦める。

「そうか?」

その余裕の態度が憎らしい。

きっと私の顔は今、みっともないくらいに真っ赤だろう。

「で、どうするんだ? 恋人役、引き受けるのか?」

何事もなかったかのような落ち着き払った態度が癪にさわり、副社長を睨みつける。

「……受けます、やります」


このままこの人のいいようにされるのはなんだか悔しすぎる。なにより私には毎日の生活がかかっているんだから。


「それはよかった。じゃあ契約成立だな。ああ、そう言えばお前、辞令が出てたな?」

ふと思い出したように冷静な口調で問われる。

こっちはまだ心臓がドキドキしているというのにこの差はなんだろう。

「辞令? 辞令なんて……」

言いかけて、今朝課長に呼ばれていた一件を思い出す。……やはりあれは辞令だったのか。

「……まさか、あれも副社長の差し金ですか?」

「俺がそんなに暇に見えるか?」

しれっと呆れたように言い放つこの人に、あなたのスケジュールなんて知りません、と言い返してやりたい。