「……なにかあったら俺の全部で守ってやるから心配するな」

ぽん、と頭を撫でてゆったりした口調で言う。

ドキン、と心臓がひとつ大きな音を立てた。

頬に熱が溜まっていくのがわかる。

あくまで恋人役を引き受けさせるために言っているだけだと理解している。


なのにどうしてこんなにドキドキするの?


数時間前に対面した時とは似ても似つかない優しい目で見つめられて、目が逸らせない。

「じ、自分の身くらい自分で守れます」

無理やり絞り出した声は思った以上に弱々しい。


おかしい、なにをこんなに動揺しているの? からかわれているだけなのに。


「へえ? こんな状況になっても?」


トン、と副社長が私の右肩を大きな手で軽く押す。

ポスンと背中が簡単に黒いソファに沈み込む。


え……?


仰向けに倒れた目に映るのは白い天井と私の両肩近くに両腕を置く美麗な面差し。

私は今、その腕の中に囲われて閉じ込められている。


「な、なに……?」


状況が理解できず、ヒュッと息を呑み込んだ。途端に喉がカラカラに乾いていく。

副社長は屈みこみ、そっと私の額にかかる髪をかき分ける。

触れる指先は驚くほど優しく、触れられた場所が燃えるように熱い。


「……逃げられない、だろ?」


耳元に形の良い唇を近づけてそっと囁く。

色香を含んだその声と背中に痺れがはしる。先程の柑橘系の香りが再び鼻腔を掠めていく。

漆黒の髪が僅かに頬を掠め、伏し目がちの目が瞬きもできずにいる私をじっと捕らえる。