車が停まった場所は見覚えのあるマンションの前だった。

「ここって……!」

「言ってただろ? 挨拶に伺うって。なにより大事な用事だ」

両親が仮住まいをしているマンション近くの駐車場に車を置き、降車を促された。

「どうして、そんな急に……」

「急にじゃない。今日、時間を取っていただけるように以前からお願いしていたんだ」

焦る私とは対照的に遥さんはとても落ち着いている。

服装の指示にやっと合点がいった。

身に着けている薄いグレーの膝下丈のワンピースの裾を無意識に引っ張って、おずおず降車する。

「これ以上、澪を不安にさせたくない。黙って連れてきたのは悪かったが、俺にご両親へ挨拶する機会を与えてほしい」

その台詞に胸がいっぱいになる。

拗ねているわけでも怒っているわけでもない。

ただ戸惑っているだけ、それなのに上手く言い表せない。

「……大丈夫。お兄さんにもきちんとお願いする」

なにもかも見透かしたような温かな微笑みと共に大きな手が差し出される。

震える指をギュッと握り返され、涙が滲みそうになった。


ああ、どうしてこの人はなにもかもお見通しなんだろう。


両親と兄には遥さんにプロポーズをしてもらった日以来、何度か連絡をしていた。

挨拶の件も伝えていたがなぜか兄に遥さんと直接話すと言われてしまい、それ以来その件については話していなかった。

遥さんになにかあれば話すので一任してほしいと言われ、気になりながらも委ねていた。

そんな中での訪問だったので戸惑いを隠せない。