呟く声がとても乾いて硬質なものに聞こえたのは気のせいだろうか。


……怒らせた? それとも呆れている? 兄の話を黙っていたから?


この人の感情の変化が理解できない。

なにが悪かったのか見当がつかない。


広い背中に無数の言葉にできない質問をぶつけながら、歩き出す。

先程とは違う意味で足取りが重く、心の中は鉛を呑み込んだかのように重苦しい。

繋いだ手の温もりも声もすべてが愛しいのに、久しぶりに会えて本当に嬉しいのにどうして気持ちが伝わらないのだろう。

俺のものだと言い切ってくれて泣きたくなるほど幸せだと、どうしたら伝えられるのだろう。


会計は既に圭太が済ませてくれていたようで、遥さんは迷いのない足取りでホテルの出口に向かう。

途中すれ違う従業員たちが遥さんの姿を見て、挨拶をする。

手を引かれている私に訝し気な視線を向けるような無粋な真似はされないけれど、きっと不思議に思われているだろう。

こんな夜分に天下の九重グループ副社長と手を繋いで歩いているのだから。

いたたまれずに、手をそっと引き抜こうとすると遥さんがふいに立ち止まって振り返り、ハッとしたように目を大きく見開いた。

「泣きそうだな……どうした?」

驚くほど穏やかな声で心配そうに私を覗き込む。

ロビーの真ん中だというのに躊躇いもせず空いてる方の手で頬をそっと撫でる。


ああ、もうどうしてこんな時にそんな優しい声を出すの? 


触れられた指が温かくて胸が詰まる。