『本当ですか? 九重副社長がうちの社長に婚約間近の恋人がいるって宣言されたって専らの噂ですよ。澪さんの名前をはっきり口にしたって……』

そう言えば五日ほど前に日向不動産株式会社の社長が副社長の元に来られていた。


私は離席していたけれど、まさかそんな話をしていたの?


『独身イケメンとして名高い方ですから、そのうちネットニュースや週刊誌、女性誌で発表されるのではって皆、興味津々です』

明るい声になにも言えなくなる。

『私がお相手になれるわけないじゃない』

『どうしてですか? 恋愛は自由ですよ?』

躊躇いもせず言ってのける佳奈ちゃんの声に、目が覚めたような気分だった。

心の深く脆い部分に後輩の無邪気な台詞が沁みこんで落ち着かない。

結局はっきりした話もできないまま、曖昧にはぐらかして通話を終えた。

なにかあった時は報告してくださいね、と何度も念押しされたけれど。

いい加減に自分の気持ちと向き合って話をしなければいけない。

そう思うのに彼の前に立つと、頭が真っ白になって肝心な言葉が出てこなくなってしまう。


私はまだ半人前なので仕事量も多くなく、副社長の外出に同行もほとんどしていない。

スケジュールについては是川さん、津守さんに手伝っていただいて管理しているような状態だ。

いずれはひとりですべてをこなせるようにならなくてはいけないのだが、まだその域には達していない。

私の帰宅時間がそれほど遅くないのはきっと、副社長や秘書課の皆さんの気遣いなのだろうとわかっている。

せめて遥さんが早めに帰宅する日には料理でも作りたいと思うのだが、普段から会食などが多くその機会もほぼない。

そのうえ深夜まで帰宅を待つ必要はないと何度も言われてしまっている。

傲慢で強引なように見えて、本当は優しく思慮深い姿に既にどうしようもなく惹かれてしまっている。

けれどその気持ちに飛び込んでいく勇気と覚悟がまだ持てない。