「忘れもしない。俺、まひろにずいぶんと嫌なこといろいろ言ったよな。『色仕掛けは効かない』とか『ケバ過ぎる』とかなんとか。相当嫌われただろ俺」

「そりゃもう、こんな上司とコンビ組まないといけないのかって思いました。だけどそのおかげで『見返してやる!』って闘志を燃やして頑張ったんです私。佐伯主任に認めてもらいたかったんだと思います。役に立つパートナーになりたかった……」

それまでも仕事は真面目に取り組んでいたし、向上心だってそれなりに持ってはいたと思う。
そう"それなり"にね。

だけど仕事に対する情熱って、感じた事ないかもしれない。
ただ指示された事を的確にやってさえいればいいと思ってたかも。
残業なんてバカらしくて、定時で帰れるように調整してやってた。
そんなドライだった私を変えたのが、佐伯主任なんだ。

「翔真だって最初は私のこと嫌ってたでしょ!ケバい女だし、生意気だし、可愛げないし」

「ああそうだな。第一印象は最悪だったな」

「だったらどうしてあの時……。歓送迎会で、わざわざ私に話しかけてきたの?タバコ吸わないのなら喫煙室に用なんてないでしょ」

「あの時は……。宮本課長から散々飲まされて、酔いを醒ますために外の空気を吸いに行こうと思った。まさか喫煙室で泣いてる女を目撃するなんてな。そこで普通なら放っておくところなんだけど、なぜか声をかけずにいられなかった。気の利いた言葉も思い浮かばず、トイレの場所を聞いたりして。考えてみればあの時の俺もかなり挙動不審だったかもな」

そうだよね、翔真はあの時記憶を失くすほどに酔っていたんだもんね。
だから話しかけたりしたんだ。

もしもあの時私たちが接触しなければ、いまこうして一緒にいることもなかったのかな。
こんな風に優しく抱き締めてもらうことなんて、なかった?

いま翔真がどんな表情でいるのか確かめたくなった私は、翔真の腕の中でくるりと向きを変えた。
突然のことで驚いてたようだけど、翔真は穏やかなとても優しい目で私を見つめていた。