「アイツに……木原に何をされた?」

「な、何をって……。特には何も……」

さっきは洗いざらい話してしまいたいと思ったけど。
いざとなるとどういう風に説明したらいいのか分からない。
それに、思い出したくもない。

「本当か?叫び声が聞こえたけど。あれは確かにまひろの声だった。資料室の中に入ってからは、木原課長の声も聞こえたけど」

それは私が足を思いっきり踏みつけたからだ。
しかしそれを言うと、どうして足を踏んだのかと聞かれるだろう。
不本意とはいえ、木原課長に抱き締められてしまったなんて知られたくない。

「ちょっと腕を掴まれてしまって、驚いてしまったの。怖くなって叫んじゃった。翔真が来てくれて本当に嬉しかったし、安心できた。だからもう、大丈夫」

翔真を安心させようと思って、わざと明るめな声で言った。
そんな私をじっと見つめていた翔真が、真剣な眼差しのまま私に接近してきた。
そしてさっと私の後ろに回り込んだかと思うと、後ろから私を包み込むように優しく抱き締めてくれた。

「翔真!?…………ど、どうして」

「アイツにこんな風にされたって、俺に知られたくなかったんだろ。だから言えなかったんだな。俺が帳消しにしてやる。だからもう忘れろ、まひろ。もっと早く助けないといけなかったのに悪かった。これからは俺がもっとしっかりお前を守るから……」

木原課長との密着を思い出すと、寒気と嫌悪感で気分が悪くなりそうだった。
だけど翔真が同じように抱き締めてくれただけで、私の嫌な記憶が消えていくように思えた。

ああ、私が一番安心できるのはこの腕の中なんだ。

「だけど、どうして分かったの?」

「それは……。アイツが『いたたたた』って叫んだあとで足を引きずっていたから、まひろが足を踏んで抵抗したんだろうと気づいた。足を踏まなければいけない状況といえば、かなりの接近した状態が予測できる。まひろは入り口に向かおうとしてたはずだから引き留めるなら背後から……って。どう?」