「お前の広報への異動を阻止しようとしたのは本当だ。決定していた人事異動に異議を唱え、上役たちを言いくるめてな。ただし、1年延期がやっとだった。課長の権限なんてその程度だ」

小久保課長の嘘なのかと思ったけど、本当だったんだ……。

「どうして、なの?」

「さあ……どうしてだろうな」

聞いてるのは私の方なのに。
私に分かるわけがないじゃない。

「どうせ私の仕事ぶりが気になったとか、私が部下だと都合がいいとかじゃないの?私が広報に異動して困ってることでしょうね。いい気味だわ」

ちょっと軽口を叩いただけのつもりだったのに、返ってきた言葉は意外なものだった。

「ああ、十分困ってるよ」

………………え?
困ってる?
イチにぃが……まさか。

「翔がな、お前のサポートがなければ仕事の進捗に支障をきたすとか言って俺を脅すんだよ。それだけ翔とまひろのコンビが上手く機能していたってことだ。まあ、広報とは取り引きできる可能性もあるにはあるんだがな」

「広報との取り引きって、なんの話?」

「いや、いいんだ。聞かなかったことにしてくれ。それよりお前らどうなんだ?結婚の話は進んでいるのか」

なんかはぐらかされた気がするけど。
いまは追求するのをやめておこう。

「うん。今度の土曜日に翔真の実家に行く予定なの」

えっ!?と驚いた様子のイチにぃに、ちょっと不安がよぎる。

「な、なに?イチにぃ。私何か変なこと言った?」

「あ、えっと。そうじゃなくて、初めて聞いたからさ。お前が翔のことを名前で呼ぶなんて。しかも『翔』じゃなくて『翔真』だもんな。どういう心境の変化?」

あ……そういう意味ね。

「会社ではちゃんと『佐伯主任』って呼ぶから。部署が変わって会社で会うことって滅多になくなったけど」

何か言いたげな表情を浮かべたけど、結局イチにぃは何も言わなかった。
その日は2人でランチして、さっさと会社に戻った。