「俺が長男だからって言うんだろ。はっきり言わせてもらえば、俺には佐伯家の長男だっていう実感が全くない。だってそうだろ、物心ついた時から俺の父親は吉田真だと思ってきたし。だいたい何で俺は吉田姓じゃないのか理解できなかった。今さら自分の名前を変えたいなんて思わないが、佐伯姓を名乗ることと家を継ぐことは別問題だ」

今日は本音スイッチが入ってるらしい。


はあー、と祥平がため息を吐いた。

「正直に言えば、俺も兄さんとは離れて暮らしてきたからあんまり実感はないんだ。兄弟だって言われても。たまに会う親戚っていうか、従兄みたいな感覚かな。同じ"兄さん"でも貴浩兄さんの方がまだ近いような感じがするし」

龍崎貴浩、か。
貴浩兄さんは佐伯の父の前妻の息子だから、俺たちにとっては腹違いの兄ということになる。

あの人はどうも苦手だ。
あの、人を食ったようなところが特に。

ブブブブブブブ。

携帯のバイブ音が響く。
ポケットを探るが、俺のじゃない。

「お、噂をすれば影……かな」

まさかこのタイミングで?
どこかで様子を窺ってたんじゃないだろうな。

「もしもし、貴浩兄さんの話がちょうど出たとこだったんだよ。……うん、そう。今は翔真兄さんと2人だけだよ。そっか分かった。じゃあまた連絡待ってるから」

「何の用件だ?」

「実は貴浩兄さんにも相談していたんだ。今後のことについて、いろいろと……」

「それで今から来るって言うのか?」

「いまお客さんとの打ち合わせが終わったから、こっちに向かうって。1時間くらいで着くんじゃないかな」

はぁ……。
気が重いな。


ピンポーン♪

「あれ?もう来たのか。早いな……」

あの人のやりそうな事だけど。
もう来たのか、まだ心の準備ができていないんだけどな。

玄関までで迎えに行った祥平と一緒に部屋に入って来たのは、言うまでもなく龍崎貴浩兄さんだった。

「よう、翔真。仕事以外で会うのは久し振りだな」

「貴浩兄さん、ご無沙汰してます。早かったですね」

「ああ、すぐそこで打ち合わせしてたからな。あれ?もっと遅い方が良かったのか?」

その通り、なんて言えるわけないが、図星だったことは多分お見通しだろう。