大小さまざまな道が複雑に入り組み交差するパリスイの中心部。

 時は深夜。

 ある辻を曲がってから馬車は次第に速度を落とし、瀟洒(しょうしゃ)なアパルトマンが立ち並ぶ一画で完全に車輪を停めた。

 この上なく上機嫌な顔で美鈴に笑いかけてから、リオネルは馬車の外に出るとそのまま後方を廻って美鈴の席側に回る。
 もったいぶるようにゆっくりと扉を開けると一言も発さないまま、席に縮こまっている美鈴をじっくりと眺めまわしている。

「さあ、お手を……」

 やっとそれだけ言うとリオネルは美鈴の前に手を差し出した。

 急な展開とリオネルの強引さに辟易していた美鈴は、わざと顔を伏せたまま、リオネルの顔を見ずにその手をとって馬車を降りた。

 路上には御者席から降りたレミが所在なさげな表情でオロオロと立ち尽くしている。

「じゃあ、レミ、しばらくの間ご令嬢は俺が預かるから……」

 レミにそう言い含めるリオネルを遮り、美鈴はレミに向かって言った。

「いいえ、用事は直ぐすみます。ここで待っていてください」