馬車の車輪が石畳を叩く音が夜の街に響いている。

 道路沿いに規則正しく並んだ街灯の灯りが、すこぶる上機嫌そうなリオネルの顔を闇の中に照らし出す。

 一方、美鈴の胸には気まずさと恥ずかしさが入り混じったような感情がうず巻いていてすぐ隣のリオネルの顔を見ることができない。

「……まさか、真面目な君があんなことを言い出すなんて」

 クックッと、ごく軽い笑い声を漏らしながら、リオネルは隣の美鈴を目を細めて見つめた。

「思ってもみなかった。まあ、俺としては君にワガママを言われるのは嬉しいことだが」

 舞踏会が果てるのは真夜中の2時頃、社交という名の情報交換に余念がない招待客たちは夜が白んでくる頃になってやっと帰り支度を始める。

 しかも、侯爵夫人のような大貴族主催の会ともなれば周りの目もあり、よほどの事情がなければ途中で帰宅するなどということは難しい。

 しかし、リオネルはいともあっさりと美鈴の望みを叶えてくれた。

 実に手際よく侯爵夫人に暇乞いの挨拶を済ませ、召使いに馬車の準備をするよう伝えると、大勢の人目がある中悪目立ちしないように細心の注意を払いながら美鈴を玄関まで(いざな)った。

『舞踏会を抜け出したいの、今すぐに』

 なぜ、あんなことを口走ってしまったのか、今となっては自分でもよくわからない。

 黒髪の男への警戒心――何としてでもあの男と再び相対することを避けたかった。

 それが大きな理由だったのは間違いない事実だけれど、それ以上に『リオネルなら願いを叶えてくれるに違いない』という期待もあったことは確かだ。